2018年10月01日

嫌々通って初段までなった少林寺拳法1

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僕が小学校低学年の時、

カンフーブームだった、

ブルース・リーやジャッキー・チェンが

全盛期だった。

当時私の自宅にはビデオがなかったが、

大阪のいとこに家にはビデオがあり、

大阪に遊びに行ったときは

ジャッキー・チェンの映画を

何度何度も見た。

特にジャッキーが最後に

1対1で敵と戦う

~拳のシリーズが好きだった。


そんなわけでカンフーに興味を持ち、

小学校2年生後半ぐらいから、

少林寺拳法を習い始めた。


しかし習い始めて、数ヶ月してもう嫌になった。

これも人間関係が嫌になったのだ。

休みたくても、

休みを言い出せずに毎回苦痛を感じていた。

特に休憩時間が嫌だった。

周りと浮いている自分がいた。


それでも母や父に辞めたいと言えずに、

ずるずると続け、

中学になって、

初段になったのを境に辞めた。


辞めるときは、直接言えず、

手紙を書いて辞めた。


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posted by johnny tacker at 18:32| Comment(0) | 自伝幼少年期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嫌々通って初段までになった少林寺拳法2

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少林寺拳法を習っていた間、

特に嫌な思い出が2つある。


一つは、いつか忘れたが、

少林寺拳法の総本山がある

四国に行った時である。

僕だけ、海水パンツを忘れて、

確か、先生に海水パンツを借りて

大きすぎてずれないように

気をつけながら泳ぎ全然楽しくなかった。



もう一つは、以前の記事で書いたと思うが、

僕には手の甲にイボがあった。

なので組手をするのに、

女子に気持ち悪がられていたことだ。


僕が通っていた少林寺拳法では、

2個下のかわいい女子がいた。

しかし、そのお父さんは師範の一人だった。

ひげもじゃでいかついお父さんだった。

なんであのお父さんからあんな可愛い娘が

産まれるのか当時不思議に思っていた。



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posted by johnny tacker at 18:39| Comment(0) | 自伝幼少年期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月10日

ワラエモンというグループ

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僕は小学3年生から5年生の間、

ワラエモンというグループに入っていた。

そのグループは、とにかく人のことを笑い

馬鹿にするというグループだ。

別にスクールカーストの

上にいるような存在ではない。

むしろ周りから

相手にされていないような感じだった。


何しろ、他のグループは

サッカーをしたりしている最中に

ワラエモンは、ジャングルジムで

鬼ごっこをしていたのだ。

それをクラスのセクシーな女の子に、

あなたたちはサッカーはしないの?

とか聞かれたりした。


ワラエモンのリーダーは、

野球は好きだった。

学校では野球をすることが出来ないので、

放課後近所の公園で

野球をしていた。

僕は特にそれが嫌だった。


幼児の時、

親父とキャッチボールをしていて

顔面にボールが当たり

大泣きして以来、野球は大嫌いだった。

毎日放課後が苦痛だった。


そんなワラエモンだが、

僕に小学6年生で転機が訪れた。

ワラエモンに一緒にいた友人と一緒に

ワラエモンを抜ける決意をしたのだ。

小学6年になってすぐに、

僕たちは、放課後の野球に誘いを断ったのだ。

それ以来、

ワラエモンのリーダーとは一切話をしていない。


posted by johnny tacker at 09:35| Comment(0) | 自伝幼少年期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

下級生と喧嘩して負けた話

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小学5年生の時、1つ下の下級生と喧嘩した。

その下級生は生意気な奴であるきっかけで、

休憩時間中にもめて喧嘩になった。

何が原因だったか今は覚えていないが、

些細なことだと思う。


最初は、僕のほうが優勢だったと思うが、

しばらくするとそいつの仲間が助太刀に入って、

結局3人がかりでやられた。


周りで人も見ていて、

僕の姿はかわいそうな感じだったそうだ。

休憩時間が終わり、喧嘩を一時中断して、

授業に向かい、僕は授業中に泣いた。

痛かったとかそんなことではなく、

自分が情けなくて泣いた。


その事件は、先生も介入することになり、

その下級生とは、

今後こんなことがないようにしよう

と取り決めをした。


今思い出しても、

なんとも自分が情けなくなる出来事である。
posted by johnny tacker at 13:50| Comment(0) | 自伝幼少年期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

父方の親戚一同の集まりが嫌だった

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私の父方の親戚は、

自分の住んでいる同じ市内にいた。

父は、長男だが、実家から出て、

自分の家を持った。

父の実家は、

父の一番下の弟があとを継いでいる。

そんなことが原因かもしれないが、

親戚はなんだがみんな僕たちに対して

対応が悪かった。


毎年、年末になると

父の実家に帰ると親戚一同集まり、

餅つき大会をする。

僕が小さい時は、従兄弟らに

仲間はずれにされていたような気がする。

父の実家に行くといつも姉と二人でいて、

二人で他の従兄弟・親戚のおばさん・おじさんの

悪口を行ったりしてお茶を濁した。


僕の母親は、父の母親から、

何かひどいことを言われたらしい。

本来家を継ぐべき人間が

外に出てしまったのだから、

それに関する嫌味だと思う。


父の両親は二人共

僕の小学校時代に亡くなった。

おじいさんはある日ポックリ亡くなった。

おばあさんは、寝たきりになり、

最後の瞬間を僕も見送った。

最後に口から泡を出して

苦しみながら逝ったのを覚えている。

その時死を初めて意識して、

死を恐ろしいと感じた。
posted by johnny tacker at 14:00| Comment(0) | 自伝幼少年期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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